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読了した新・旧刊本の読書感想文です。
更新日: 2006/01/22
春先に多い花粉症はアレルギーだということは知られている。私もそうだったが、ある時期にいきなり発症することもあるアレルギー。アレルギーはなぜ起こるのか?この本ではアレルギーを免疫学中心に解説している。
免疫機能は身体を外部からの侵入から守る大事な働きだ。臓器移植の時に免疫抑制剤を服用するのも他人の臓器という異物を免疫が拒絶するのを防ぐためだし、雑菌やウイルスに対して防御反応を起こすのも免疫だ。
免疫の中心は白血球の中のリンパ球という細胞。リンパ球もB細胞、T細胞、NK細胞とある。アレルギーの主役はB細胞の作る免疫グロブリン、5種類あるうちのIgEである。
アレルギーの原因物質(アレルゲン)は抗原として身体に侵入する。すると免疫系の中心であるリンパ球B細胞は、異物である抗原を追い出そうとIgEクラスの抗体を作る。IgEはマスト細胞(肥満細胞)にくっついているが、そこにアレルゲンがくっつくと、マスト細胞がヒスタミンを放出し、アレルギー症状を起こしてしまう。抗原抗体反応なのだが、それが過剰に反応しているのである。
アレルギーになるには、遺伝的素因にアレルゲンの侵入の回数などの環境要因が関わっている。一度、アレルギー反応を生じると、臓器の過敏性が高まるので、他のアレルギーにも成りやすいという。花粉症を患う身としては、読んでいて悲しくなってきた。
アレルギーの治療法にも触れられているが、大事なのはまず、自分のアレルゲンが何かを確かめること。スギ花粉憎しと思っていたら、イエチリダニだったということもありそうだ。とりあえずさっさと炎症を抑える治療を受ける方が吉であるらしい。
どちらかというと、アレルギーの具体的な例やアトピーに関する部分はあっさりしている。反面、免疫学については最新情報にも触れてあるし、かなり詳細。免疫学は奥深いのでこれでも序の口だろうが、タイトルと内容にずれがあるような気がしないでもない。でも本書を手に取る人は、アレルギーに対する生活上のアドバイスよりも、ポピュラー・サイエンスを求めているんだろうからいいのか。
ただ専門的な説明が難しく、回りくどく感じられる。判りやすくしようとして言葉を積み重ね、単にややこしくしただけとか何が説明されているのか判らないとか。イラストも著者本人らしいのだが、あまり功を奏しているとは言えない。
なぜ日本人はこんなにペンギンが好きなんだろう。日本で開かれた「フンボルトペンギン国際会議」で著名なペンギン研究者はそんな感想を洩らしたそうだ。
なぜ好きかなんてこと考えたことが無かったよ。可愛いからじゃダメなのかな。じゃあ、なんで可愛いと思うのかな?
これはワクワクしながら読み始めた。導入部から、疑問に対する回答を模索しながら歩く著者の姿に共感出来る。子どもの頃、動物園に連れていってもらうとたいていの動物園にはペンギンの一群がいた。白と黒のコントラストの小さな体、2本の足でよちよち歩く飛べない鳥。可愛いし大好きだった。
現在の日本には約2400羽、18種類中12種類のペンギンが棲んでいて、北半球最大の棲息地なのだそうだ。動物園にたくさんいる。だが本来、ペンギンは日本には一羽も棲んでいないはずだ。これはなぜなのだろう。
ペンギンは捕鯨船が南極から連れ帰ってきた。神秘の大陸の神秘の鳥を、食糧難の時代のヒーロー捕鯨船がよい子への土産としたのだ。受け入れ側の動物園の事情もかみ合い、ペンギンは貴重な人気者となった。
無菌状態の南極から湿気の多い日本に来て、ペンギン達は次々と病気になり多くが死んでいく。限られた中で必死で対策を行う動物園側。1956年の第一次南極観測隊でも人気の高いペンギンを土産にという動きが起こり、隊員の中で揉める。世論にペンギン保護の声が出始めたのはその頃だ。
可愛い可愛いペンギン。そのイメージだけが先行するペンギンが徐々に輪郭がはっきりし、くっきりと姿を現してくる。種ごとに違う多様なライフスタイル、野生の肉食の鳥。エンペラー、アデリー、ヒゲ、ジェンツーは極地ペンギン。マゼランとケープとフンボルトは温帯に棲む近縁種。フンボルトは自然棲息下では絶滅の危機に瀕しているが、日本では繁殖が好調で1200羽が暮らしている。
自然下のペンギンには、環境の悪化や混獲問題で繁殖に影響が出ている。飼育下の日本のペンギンは、亜種や劣悪な飼育環境が問題になっている。日本には熱心な研究者やNGOがいることも初めて知ったが、彼らも悩んでいる。動物園で飼うということは種の保存のためでもあるが、自然環境から引き離すことだ。ジレンマ。邪気のない愛らしい親しいペンギンが対象になっているだけに、実にそのジレンマを同じように感じる。
日本人はペンギンに多くを負っているのだ。可愛い愛しいペンギン。彼らが動物愛護や自然環境保護ということをとても素直に考えさせてくれる。とにかく夢中になって読んだ。止めるのが惜しかった。4月の一押しお薦めである。
そうそう、王子動物園に阪神パークというローカルネタも個人的にはおいしかったり。
・イラスト担当の【福武忍・オフィシャル】
・【表紙のペンギン】【その2】
・【Penguins Mill】
容子という女性は30歳で乳癌と診断され、36歳で息を引き取った。1994年の実数調査で癌にかかる患者数は、男性約25万2000人、女性約18万8000人で、計44万人だったという。癌は死亡原因第一位である。容子は数多い癌患者のひとりだが、主治医である著者には忘れられない患者だという。
6年の闘病生活で容子は、生きることを愉しみ生きようと必死だった。結婚前の女性が、乳房を切除し(乳房再建術を選択)、1年2ヶ月後に再発。抗ガン剤治療のため、髪が抜けた。5年の命と言われ落ち込む。それでも患者会で活躍し、多くの友人がいた。
著者は、彼女の生い立ちや闘病生活中の出来事、治療に対する態度を描くことによって、医療者の役割や癌医療、患者側の視点を考えていく。
容子の生い立ちを描く文章は1人称に3人称が混じったり、ぎこちなかったが、著者本人の想いや信念には力が入る。
普段、生について話すことはあっても死について語ることはためらわれる。著者は、生死に対する考えを深めることで、死への恐怖を和らげられると信じている。そして医者であれ全ての癌を治すことは出来ない以上、死を見つめながら、患者と共に生きることである、と結論づけている。
さて、死を考えたら恐怖は無くなるのか。その辺りはまだよく判らない。だが、私が、死に対して真摯に向かったと思っている人はこういう本を記している。『よく死ぬことは、よく生きることだ〔bk1(00667396)〕 』(千葉敦子 文春文庫)(*1)
患者の全てを理解することは不可能だ。限界をわきまえながら、前向きに進む著者は清々しさを感じさせる。
【読了日付】2001/04/08
吉祥寺の某公園の初老の管理人。性的不能。ある日、管理所にのロッカーを開けると、転がり出てきた少年の屍体。洗い清めて冷凍庫で保存する。
管理所に見知らぬ女からかかってきた電話。意味の通らない、しかし少年のことを知っているようだった。
これが縦軸。
そして横軸として管理人の思索、幻想、過去が入り乱れ、物語が突如として変貌を遂げ、また戻る。
この濃密な文章と内面を抉る描写力に、息苦しさすら感じるが、凄いね。としか言いようがない。圧倒されます。幸せな物語ではないし、暴力的ですらあるのだが、読み終わるともの悲しくも美しい。鮮烈な透明感と澱んだ濃密さを持ち合わせている。
ある終息に向かっているのは、わかるのだが、どこに何に向かっているのか何を目指しているのかが、真っ暗闇。不定型な感触。どう終息するのか、先行きが見えない。それだけであり、混乱とかわけがわかんないって事は私は無かった。なんていうのか、自分の思索が常に明解で散漫でない人なんているのだろうか。考えが四散しまた集束し固まっていくっていうのはよくある。これは思考をそのまま文章化しようと試み、なおかつ文学性を追求した実験というか挑戦に思える。
向き不向きがあるクセのある小説ですが、いやいや凄いっす。ただ性的描写が際どいので苦手な方には向かないです(私も少し辛かった)。
美食家、グルメ、と呼ばれる人達がいる。食に鋭敏な感覚を発揮する人達の舌は単なる食いしん坊の私とは違うのだろうか。本書によると、舌の構造は変わらず、脳が違うらしい。グルメは脳内での食に関する情報処理能力が高いのだ。長年の鍛錬と意識による神経系の絡みつき具合のたまもの。グルメは一日にして成らず。
そして「おいしい」という感覚も一日にして成らない。
ネズミで実験する。ウスターソースを濃度を変えて餌に振りかける。何度か食べさせると、ソースの味を覚えたネズミはソースが極微量でも匂いを頼りにソースのかかった餌を好んで食べるようになる。味覚と嗅覚の連合学習という。
「おいしい」は味だけではなく香りや舌触りや歯触りというテクスチャー、その食べ物に関する情報の総合によって成り立つ。カレーやインスタントラーメンはなぜおいしいのか。ふきのとうやニガウリ、出汁という日本古来の大人の味はなぜ好まれるのか。
食品・栄養化学の専門家が語るおいしさの秘密は、目から鱗の面白さである。軽妙てテンポの良い語り口も楽しく、読み進んでしまう。「おいしい」をより奥深く感じさせてくれる「おいしい」本だ。
第2次世界大戦後、ニュルンベルグの米軍法廷では、ナチス・ドイツの元で人体実験に関わった医師達が裁かれた。本書は1949年に刊行された裁判記録とその解説である。
序文にも記されているが、著者は裁判の法的根拠には拘っていない。関心を寄せているのは、医師達の医科学的な活動の環境、患者および被験者への接し方、何のための研究作業か、優生学的・人種政策的な目標であり、その背景である。
人体実験は軍事目的と医師の医学的好奇心が結びつき、拡大していった。実験の対象者となったのは、主に強制収容所の収容者たちであり、国籍は様々である。実験は凄惨であり、死者が続出している。
読んでいて感じられるのが、実験を行った医師たちの大義名分もしくは権威への盲目的服従、エリート意識、偏狭な視野、自己防衛本能である。彼らは己の人間としての尊厳を地に落としていることを気付いていないのだ。日本でも過去の細菌戦部隊による人体実験、近年のサリン事件を思い出しても、私たちはこれを過去のことには出来ない。
軍事と医学との関わり、人間性や尊厳というものを考えさせてくれる本書は非常に貴重なものだ。
<目次>
訳者まえがき
編・解説者序文
本書の主な登場人物
第1章 低圧・低温実験
1 高空からの飛行士救出実験
2 長時間冷却実験
第2章 海水を飲料水にする実験
第3章 発疹チフス接種実験と伝染性肝炎ウイルス研究
1 発疹チフス接種実験
2 肝炎ウイルス研究
第4章 スルフォンアミド実験と骨移植実験
1 スルフォンアミド実験
2 骨移植実験
第5章 毒ガス(イペリットとフォスゲン)実験
第6章 ストラスブール国立大学によるユダヤ人の頭蓋骨収集
第7章 安楽死プログラム
1 病院や施設における精神病者の安楽死
2 心身障害児の殺害
3 不要民族と不要患者の安楽死施設における「あからさまな殺害」
4 肺結核を病むポーランド人に対する特別処置計画
5 大量断種と実験的予備作業
第一次アメリカ軍事法廷の判決
訳者あとがき
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